先日、青森で大きな地震がありました。
ニュースやSNSのタイムラインにはすぐにたくさんの動画が流れてきましたよね。
大きく揺れる部屋、天井からぶら下がった照明が左右に大きく振られている映像。
旅館の客室のような場所で座ったまま数人が今にも倒れそうな大画面テレビを必死に支えていて
その様子を少し離れたところから撮影した動画。
店の中では棚から物がバンバン落ちてきているのにその光景をずっとスマホで撮っている動画もありました。
「よく揺れてるな…」と思う一方で、元救急隊員としてはどうしてもゾワッとする感覚が拭えませんでした。
- 「なんでこんなに揺れているのに、まずスマホなんだろう?」
- 「今ほんとうに優先すべきことって、撮影なのかな?」
大地震=大災害につながる危険性が高い状況です。
そんな中で、スマホ撮影を優先している姿に強い違和感を覚えました。
この記事では
- なぜ大地震の最中にスマホ撮影をしてしまうのか
- 元救急隊の目線でどこに危険を感じているのか
- 本来とるべき行動は何なのか
- 過去の教訓は生かされているのか
- 報道のあり方について思うこと
を私なりの言葉でまとめていきます。
なぜ大地震でスマホ撮影をしてしまうのか
まずは、「なぜ人は揺れている最中にスマホを構えてしまうのか」です。
これは、人の心理を考えるとある程度説明がつきます。
① 怖さを共有したい
強い揺れを一人で体験すると純粋に怖いですよね。
そのとき人は
- 「誰かに今の状況を伝えたい」
- 「この怖さを一人で抱えたくない」
という気持ちになりがちです。
その結果
- X(旧Twitter)やインスタに動画を上げる
- 家族や友人に動画を送る
- 「今やばい」「めっちゃ揺れてる」と実況する
といった行動につながっていきます。
② 「記録しなきゃ」という感覚
大きな地震が起きるとどこかで
- 「これはニュースになるレベルだ」
- 「“歴史的な瞬間”かもしれない」
と感じてしまうことがあります。
- 後から自分で見返したい
- 誰かに見せたい
- 「あのときこの場所にいた」という証拠にしたい
そんな“記録欲”のようなものもスマホ撮影の背景にあると思います。
③ バズや評価への期待
最近は、災害時の動画が何万・何十万再生と伸びることも珍しくありません。
そういうのを普段から見ていると
- 「自分の動画も伸びるかも」
- 「ニュース番組に使われるかも」
といった承認欲求がどうしても刺激されます。
SNSが当たり前になった時代の「新しい反応の形」なのかもしれません。
④ 「ここまでは大丈夫」という思い込み
もう一つ大きいのが、「自分のいる場所はそこまで危なくないだろう」という感覚です。
- 「照明は揺れてるけど、落ちてこないだろう」
- 「棚から物は落ちてるけど、ケガするほどじゃない」
- 「家が崩れるほどの揺れじゃないはず」
こうやって頭のどこかで“危険を小さく見積もってしまう”ことがあります。
この「大丈夫だろう」があるからこそ揺れている最中でもスマホを構えたり、
店内で物が落ちてきている中でも撮影を続けてしまうのだと思います。
元救急隊員がSNS動画に感じた違和感とは
ここからは、元救急隊員としての正直な感想です。
- 頭上の照明が大きく揺れているのを真下から撮っている動画
- 旅館の客室のような場所で、座ったまま数人が今にも倒れそうな大画面テレビを必死に支えていてその様子を少し離れたところからスマホで撮影している動画
- 店の中で、棚から商品がバンバン落ちてきているのにその中で立ち止まって撮影している動画
こういった映像を見ていると、どれも「そこに立ち続けるの、危ないって…!」としか思えませんでした。
地震によるケガの多くは
- 家具や家電の転倒
- 照明や看板など上からの落下
- 割れたガラスや落ちてきた物での打撲・切り傷
といった「身のまわりの物」が凶器になるパターンです。
救急隊として現場に出ていると
- 「もしこの家具が倒れてきたら」
- 「もし今、もう一段階強い揺れが来たら」
- 「もしこの天井の一部が落ちてきたら」
といった「もし」を常に考えます。
だからこそ
- 照明の真下
- 大きなテレビや棚のすぐ前
- 商品が落ちてきている通路の真ん中
でスマホを構えている姿を見ると
「そこで立ち止まっていること自体がケガにつながりかねない」
と、どうしても思ってしまいます。
「再生数」や「バズるかどうか」よりもまずは自分の体を守ることの方がずっと大事じゃないか。
元救急隊としてはそんなモヤモヤが残りました。
本来とるべき行動とは
では、揺れている最中に本来とるべき行動は何でしょうか。
細かいことを全部覚える必要はなくて、ポイントはシンプルに「これだけ」です。
① 立ってウロウロしない(まず低くなる)
強い揺れの中で歩いたり走ったりするとそれだけで転倒のリスクが上がります。
- その場でしゃがむ
- 床に近い姿勢になる
といった“低い姿勢”をとるだけでもかなり違います。
② 頭と首を守る
人間の体の中で特に守りたいのが頭と首です。
- 両腕で頭を覆う
- クッションやカバンで頭をかばう
- 近くに机やテーブルがあれば、その下にもぐる
こうした動きで落下物や飛んできたものから頭を守ることができます。
③ 揺れている間は無理に移動しない
「今すぐ外に出なきゃ!」と焦って、強い揺れの中を走り出すとそれ自体が危険です。
- 揺れが強い間は、その場で低くなって頭を守る
- 揺れが少し収まってから、落ち着いて移動を考える
この順番を意識するだけでもケガのリスクはかなり違ってきます。
④ 子どもや高齢者がいる場合は優先順位を決める
小さな子どもや高齢者は、自分で素早く身を守るのが難しいことがあります。
- 近くにいる子どもを抱き寄せて一緒にしゃがむ
- 頭を腕やクッションで守ってあげる
- 家具やガラスから少し距離を取れるなら無理のない範囲で移動する
など、「誰を守るか」を決めて行動することも大切です。
少なくとも揺れている間にスマホで動画を撮る余裕は本来ないはずなんですよね。
過去の教訓は本当に生かされているか
日本はこれまで何度も大きな地震を経験してきました。
そのたびに
- 家具は固定しましょう
- 寝室に大きなタンスを置かないようにしましょう
- ガラスには飛散防止フィルムを貼りましょう
といった防災のポイントが何度も何度も伝えられてきました。
しかし今回のようにSNSの動画を見ていると
- 大きな棚が固定されていない
- テレビが今にも倒れそうな状態で置かれている
- 店の棚から商品が次々と落ちてきている中でその場に立ち続けて撮影している
といった光景がまだまだ普通に広がっています。
「あれだけ痛い経験をしてきたのに、それでもまだ“備え”と“行動”が追いついていないのかもしれない」
そんなことを思わずにはいられません。
もちろん全員が完璧な防災対策をしているわけではありませんし、現実的にできることとできないこともあります。
それでもせめて
- 揺れている最中は撮影より身の安全を優先する
- 危ない場所(棚のそば・照明の真下など)からは、できるだけその場を離れる
このあたりの「行動の優先順位」だけでも、もっと共有されてほしいと感じます。
それでも動画が流れる現実と報道に求めたいこと
もう一つ、どうしても触れておきたいのが報道のあり方です。
地震が起きるとテレビではすぐに
- 視聴者提供の「揺れている映像」
- SNSから拾った「スマホ撮影動画」
が繰り返し流されます。
たしかに、映像としてはわかりやすいです。
「これだけ揺れていました」と一目で伝わる。
視聴率的にも数字は取りやすいのかもしれません。
ただ、正直なところ
「今この瞬間、揺れている地域の人にとって本当に必要な映像なのかな?」
という疑問があります。
私としては、本来テレビがもっと強く伝えてほしいのは
- 「揺れている間は撮影ではなく、まず身を守ってください」
- 「家具から離れ、頭を守る行動を優先してください」
- 「無理に外へ飛び出すのは、かえって危険な場合があります」
といった「具体的な行動の指示」だと思っています。
揺れの激しい映像は
- 数日後、数週間後の「振り返り」や「検証」の番組で使う
- 「あのとき、これだけ危険な状況でした。だからこそ備えが大事です」と伝える
という形でも十分意味があるはずです。
今まさに揺れているときや地震の可能性が高い時に必要なのは
- 不安をあおる映像ではなく
- 「どうすれば自分と家族を守れるか」という情報
なのではないか。
そんなことを今回あらためて感じました。
まとめ
最後に、この記事の内容を簡単に整理します。
- 大地震でスマホ撮影してしまう背景には、「怖さの共有」「記録欲」「バズ狙い」「自分は大丈夫という思い込み」などがある。
- しかし揺れる照明の下やテレビ・棚のそばで撮影を続ける行動は、落下物や転倒によるケガのリスクが高い危険行動。
- 優先すべきなのは撮影ではなく「低くなる」「頭と首を守る」「揺れている間は無理に動かない」といった基本行動。
- SNS動画を見る限り、過去の大地震の教訓は「備え」だけでなく「その場でどう動くか」という点ではまだ十分に生かされているとは言い難い。
- 報道には、インパクト映像よりも「撮影は後でいいので、まず身の安全を」というメッセージの発信を強めてほしい。
スマホで動画を撮ること自体を完全に否定したいわけではありません。
ただ少なくとも揺れている“その瞬間”だけは、スマホより自分と家族の命を優先してほしいと元救急隊として心から思います。
あとから何度でも見返せる映像より、その場で守れる命の方がずっと大切です。
この記事が、「次に揺れたとき、まずどう動くか」を考えるきっかけになればうれしいです。
