テレビやニュース、日常会話でよく耳にする「救急車で運ばれた」という言葉。
一見何の問題もないように思えますが、元救急隊員の私にはずっと違和感がありました。
なぜなら「運ばれた」という表現には、傷病者がまるで荷物のように扱われている印象があり、救急車や救急隊の役割を軽んじているように聞こえるからです。
「運ばれた」が広まった理由
多くの人にとって「救急車=人を運ぶもの」というイメージがあるため、「運ばれた」という表現は理解しやすく、特に説明が不要です。
そのため、日常会話やニュースで広く定着してしまったのでしょう。
しかし、現場を知る立場からすると、少し物足りない表現だと感じます。
救急の現場で使われる「搬送」という言葉
救急隊や医療従事者は、傷病者や患者さんを「運ぶ」とは言わず、「搬送する」と表現します。
「搬送」という言葉には、単なる言葉の違い以上の意味があります。
- 傷病者や患者さんを荷物扱いせず、命を預かる責任を持って病院につなぐ
- 救急車は単なる移動手段ではなく、処置を行いながら病院に向かう「移動する治療室」である
つまり、「搬送」は現場の責任感や専門性を反映した表現なのです。
受動的な表現の違和感
とはいえ、「運ばれた」も「搬送された」も、どちらも受け身の表現です。
傷病者からすれば自分の意思ではなく病院へ向かうため、受動態になるのは自然です。
しかし「運ばれた」は特に、“荷物扱い”や“軽んじられている”印象を与えやすく、現場経験者には違和感が強いのです。
それでも「搬送」が望ましい理由
受動的である点は同じでも、「搬送」には専門性と中立的な響きがあります。
「救急搬送された」と言うことで、「命を病院につなぐプロセスである」という意味が伝わりやすくなるのです。
一方、「運ばれた」と表現すると、「ただ移動しただけ」という印象に偏ってしまいます。
言葉がもたらす影響
言葉は私たちの意識を形作ります。
日常会話で「運ばれた」と広く使われると、救急車や救急隊の重要性が軽視されてしまうことがあります。
一方で「搬送された」と表現すれば、救急の役割や現場への敬意が自然と伝わります。
まとめ
「救急車で運ばれた」は日常会話では分かりやすい表現ですが、救急現場を知る立場からすると少し雑に聞こえます。
正しい表現は「救急搬送された」。
それは単なる言葉の違いではなく、命を扱う現場に対する敬意の表れでもあります。
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